養秀同窓会
征きて還らず
征きて還らず:1951年、玉那覇正吉氏による「健児の像」が対に置かれていた。
1951年、玉那覇正吉氏による「健児の像」が対に置かれていた。
1945年7月、沖縄一中は沖縄師範とともに、沖縄の戦闘において多大の貢献があったとして文部大臣表彰を受けた。

〔表彰状〕沖縄県立第一中学校。

右は敵の沖縄本島侵攻に際し校長藤野憲夫統率の下教職員生徒一致団結鉄血勤皇隊第一中学校隊を結成し軍の築城其の他の任務に従ひ熾烈な砲爆撃下に決死敢闘終止軍と行動を共にし又通信伝令の任に当れるものは克く持場を死守し敢然として責務の遂行に努め以って作戦に寄与せるところ大なり。

是藤野校長統率下挙校一体戦時教育の本分に徹し至誠轟忠平素鍛錬の成果を遺憾なく発揮さるものにして真に教職員及学徒の亀鑑たり個て滋に之を表彰す。

昭和20年7月8日文部大臣大田耕造。

文部大臣は、この表彰にあたって特別談話を発表し「学徒の本分を尽し、皇国護持の大任に殉じた鉄血勤皇隊があったことは、全国の教職員および学徒の重大なる覚悟を促すものといわねばならない。
全国の生徒は、いよいよ錬成に筋金を入れて醜敵撃滅の一途に遭進するばかりである」と強調した。
これは全国の新聞に大きく報道され、国民に強い感動を与えた。

1950年6月、養秀同窓会が中心となり、鉄血勤皇・学徒隊生存者と首里高校の協力によって首里金城町の養秀寮跡に「一中健児の塔」が建立され、戦没した職員・生徒260余名を合祀し、毎年6月23日に慰霊祭を開催して戦没者を悼み、改ためて平和を祈念している。

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