養秀同窓会
白亜の新校舎
白亜の新校舎:1925年(大正14年)校舎が狭隘、腐朽してきたので5ヶ年計画で改築に着手する。<br>別に寄付金をもって運動場拡張工事をはじめる。<br>1930年新校舎落成する。<br>同年創立50周年記念式、校舎落成式を挙行する。<br>展覧会、講演会、運動会等記念行事を行う。
1925年(大正14年)校舎が狭隘、腐朽してきたので5ヶ年計画で改築に着手する。
別に寄付金をもって運動場拡張工事をはじめる。
1930年新校舎落成する。
同年創立50周年記念式、校舎落成式を挙行する。
展覧会、講演会、運動会等記念行事を行う。
校舎建築のため体操や教練を近くの小学校や首里城内の敷地を借りてやっていた明治30年代前半から、明治36年(1903年)になると秋の運動会を新しい運動場で行っている。

この運動場は校舎の東側(現首里高校舎の建っているところ)にあった。
運動場は同じ敷地に東上運動場(813坪)と、校舎寄りに東下運動場(1204坪)、および西運動場(2647坪)であった。
これらが順次整備されていくが、当初の東上運動場というのは下運動場より数段も高く、整備もされておらず雑草が生い茂っていたため、あまり使用されず、もっぱら下のグランドが使用されていた。
ここで通常の運動会に加えて明治時代からの兵式体操、教練、第二次大戦前になって国防競技などが展開されたが、中学の運動会は近隣の住民にとっても大きな催し物であった。

県立一中の鉄筋コンクリート校舎が新築落成したのは昭和5年(1930年)、本荘光敬校長のときである。
このとき図書館も整備され、運動場も拡張されている。同校舎は沖縄戦で破壊され、残骸を残すのみとなったが戦後首里高校の校舎として修復され、その後は現在の元の運動場跡に全面的に新築移転している。(昭和55年=1980年)。

木造建築物から鉄筋コンクリート、そして現在の首里高校へと、一世紀を超す校舎・運動場の歴史は、同校で学んだ者の誇りの記念碑であると同時に、沖縄現代史をつづる重要な一側面でもある。

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