養秀同窓会
文武両道
文武両道:県立第一中学校の学友会誌は1892年(明治25)「球場」の名で創刊。<br>1914年「学友会雑誌」、1917年(大正6)に「養秀」に改題、第35号まで出している。
県立第一中学校の学友会誌は1892年(明治25)「球場」の名で創刊。
1914年「学友会雑誌」、1917年(大正6)に「養秀」に改題、第35号まで出している。
県立一中60周年記念の歌に「文を磨きて武を練れば」とあるように開学の昔から「文武両道」は中学生の合言葉であり、今でいうスローガンであり理想であった。
もちろん武は文字通り武芸(柔・剣道・空手等)を指したがもっと広義に運動(スポーツ)にも強いことを意味するようになった。
かくして一中生は学業に運動によく励み、幾度びか文運、武運の隆盛、黄金時代を築いた。

昔の学校のあり方や制度にもよるが入学難であり卒業難であった。
600人希望して140人が入学を許され、ストレートに5年を卒業するのは90何人というのが明治・大正期の一中の姿であり、生徒の中には卒業に“10年計画”を樹てるのもいた。

中学時代に“一番主義”とり、卒業後はそれを処生訓として貫き通して大をなした先輩もおれぱ、在学中英語の辞典を1ぺージずつ「食べて覚えた」猛者もいた。
標準語励行のために設けられた方言丸をひとり占めにする義侠心の強い級長もいれば、「なぜ方言ばかり使うのか」と聞かれて「沖縄詑りの標準語を覚えるより、ボクは東京に行ってほんとの標準語を覚えます」と答えて東京出身の先生を感心させた豪の者もいた。
柔剣道や野球、庭球、陸上競技、水泳等あらゆるスポーツ面で一中は伝統的に一角の雄であり、覇者であった。

こうして全県下から集まった俊童たちはみずから「文武の道」に励み後年官界、政・財界、学界、教育界、言論界、スポーツ界、軍人へと、多くの人材を輩出している。

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