養秀同窓会
「海邦養秀」の精神
「海邦養秀」の精神:静岡県在住の鈴木盛幸氏所有の「海邦養秀」の拓本をもとに昭和34年(1959年)復元された。<br>刻字は島袋光裕先生(右から二審目)。
静岡県在住の鈴木盛幸氏所有の「海邦養秀」の拓本をもとに昭和34年(1959年)復元された。
刻字は島袋光裕先生(右から二審目)。
「海邦養秀」は県立一中・首里高等学校のllO年の伝統を貫く精神である。
いや、尚温王がこれを揮毫して国学を創建した1798年にまで遡れば190年の歴史をもつ。
そして、その精神は今後も脈々と受け継がれるであろう。
尚温の理念は門閥を排し、広く優秀なる人材を登用することであった。
この思想はそこで講ずる者、学ぶ者に等しく校訓であり、教育の大方針であった。
守礼門の扁額「守礼之邦」と同じく、朱塗りの地に金文字で雄潭に書かれた「海都邦秀」の四文字は幾星霜かのあいだに、ところどころ金箔がはげて黒ずんだしみをつくり、それがかえって見る人をして歴史の重みを感じさせた。

初期の木造校舎の時代には玄関の内側のところに、コンクリート校舎になってからは講堂に掲げられたこの扁額を仰ぎ見ながら、全県下から集まった「中山健児」が学業に励み、多くの人材が輩出された。
時折りの先生や先輩がたの「この書は尚温王18歳のときに書かれたものだ」という説明が、同年代の多感な生徒たちに無言の鞭捷となったであろうことは言うまでもない。

扁額は第二次大戦の沖縄戦で、他の首里の建造物、文化財同様、焼失した。
すべてが灰燼に帰した古都首里で米軍野戦用テントや茅ぶき校舎でいち早く教育も復活、生徒はガリ版刷りの教科書で学業に励んだ。
学制改革で県立第一中学校は琉球政府立(復帰に伴い県立)首里高等学校となり、昭和34年(1959年)に復元された扁額も今体育館で生徒を見守っている。

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