養秀同窓会
 学校の沿革概要、養秀同窓会のあゆみ

西暦年号 事    項
1798年 寛政10年 4月 尚温王、国学を創立。琉球最高の学府。首里真和志村中城御殿 ( 現在の首里高等学校の敷地にった。) に仮設し、当時は公学校所と称した。
1800年 寛政12年
尚温6年
3月 当蔵村勘定座に移転。
1801年 享和元年
尚温7年
2月 龍潭の池畔に地を相して起工、 10月落成し移転、名称、を国学と改めた。
尚温王が自ら揮去した「海邦養秀」の扇額成る。 時に尚温王 18 歳。
1879年 明治12年   廃藩置県により国学は県庁の所轄となったが、制度・教則等はすべて従前どおりとさ れた。
1880年 明治13年 12月9日 首里中学校と改称。
学級数6、修業年限3か年、入学者資格小学校卒業生
旧来の生徒 240 名に簡易な歴史、作文を試験して合格者 38 名に入学を許可した。
1886年 明治19年 4月 生徒定員が100名となった。
8月 中学校令にもとづいて学期、学級数を改正し、本科を 4 階級、予科を1階級として1か年を1学期と定めた。
12月 沖縄尋常中学校と改称。
1887年 明治20年 3月 沖縄県尋常中学校と改称、修学年限を 5 か年とした。
4月 教員 5 名、生徒 97 名
7月 定期試験が施行され、 54 名が及第した。
8月 内閣総理大臣伊藤博文、陸軍大臣大山巌その他海軍将校、高等官が来校した。
1888年 明治21年 3月 第1回卒業生 3 名
生徒を募集し、合格者46名に入学を許可。
1889年 明治22年 3月 第2回卒業生 2名
1890年 明治23年 2月 生徒定員が 150 名となった。現在生徒数 91 名
1891年 明治24年 3月 第3回卒業生 5 名
国学跡、の校舎から現在の首里高等学校の敷地に校舎を新築し移転。
1893年 明治26年 3月 第4回卒業生 4 名
5月 第5回卒業生 3 名
1894年 明治27年 3月 第6回卒業生 11 名
5月 初めて京阪地方へ修学旅行。
8月 学友会が組織され、次いで雑誌が発行された。
1895年 明治28年 3月 第7回卒業生 10 名
5月 生徒定員が 200 名となった。
11月 校舎増築落成
11月 児玉校長の英語科廃止に抗議してストライキおこる。漢那憲和、伊波普猷、金城紀光、 真境名安興、照屋宏等が当時の生徒。
写真:尋常中学ストライキ事件のリ-ダーたち
写真:尋常中学ストライキ事件のリ-ダーたち
1896年 明治29年 3月 和田規矩夫教諭が初の専任校長となる。
3月 第8回卒業生 2 名
4月 生徒定員が 300 名となった。
1897年 明治30年 3月 第9回卒業生 18 名
5月 本校10周年記念春季運動会が陸軍練兵場で挙行された。
5月 生徒定員が 500 名となった。
1898年 明治31年 3月 第10回卒業生 18 名
1898年 明治31年 3月 沖縄中学校同窓会が異教寺で開催され、沖縄中学問窓会規則が制定された。
1899年 明治32年 3月 5年生、東京へ修学旅行。以後、恒例となる。
4月 沖縄県中学校と改称。
1901年 明治34年 5月 沖縄県立中学校と改称。
1903年 明治36年 11月 米船ピッツパーグ号が那覇港に寄港。潟原で米水兵と親善野球試合を行う。
1904年 明治37年 11月 英国人ヘンリー・アモア氏、本校英語教師となる。
1909年 明治42年 12月9日 本校創立22周年記念式が挙行された。 本校創立日が創立調査委員の調査によって明治13年12月9日であることが確定された。校歌が制定され、記念式で初めて歌われた。 記念絵葉書が発行された。
1910年 明治43年 4月 首里城内の旧建物を利用して分校が設置された、
12月9日 創立記念式及び校旗贈呈式。卒業生一同が校旗を寄贈。卒業生代表仲吉朝助氏 ( 明治21卒 ) 、金城紀光氏 (明治30卒)
1911年 明治44年 4月 分校が独立して沖縄県立第二中学校となり、本校は沖縄県立第一中学校と改称。
写真:明治44年県立第一中学になる
写真:明治44年県立第一中学になる
1916年 大正5年 4月 生徒定員が 800 名となった。
1918年 大正7年   県下野球大会において山口沢之助校長の揮事になる「震天動地」の大 I 織で意気あがる。
1919年 大正8年 12月 制服が従来の白、黒服から夏冬兼用の霜降服地へ改まる。
1920年 大正9年 11月 第一中学校同窓会が組織された。
12月9日 創立40周年記念式が挙行された。
写真:大正9年創立40周年
写真:大正9年創立40周年
1923年 大正12年 1月 「同窓会報」第1号が発行され、同窓会員名簿を収録。
1925年 大正14年   保護者会が組織された。
1930年 昭和5年 7月 校友会出資による大正記念図書館 (地学室兼用) 、父兄出資による生徒会所が新築落成した。
12月9日 創立50周年記念式並びに校舎落成式、表彰式、祝賀会が挙行され、展覧会、学芸会、 講演会、陸上大運動会 (琉球国王の御三ヶ寺参詣行列)が行われた。
写真:1930年創立50周年校舎落成
写真:1930年創立50周年校舎落成
1933年 昭和8年 12月 農業実習地 l,992 坪を購入 (首里山川町) 。
1940年 昭和15年 10月30日 「同窓会員名簿」発行。
12月9日 皇紀二千六百年奉祝・創立60周年記念式並びに養秀寮落成式が挙行され、表彰式、祝 宴、学芸会、展覧会、陸上運動会が行われた。
創立60周年記念事業として、首里金城町に土地 (1,O84 坪) を購入し、建坪180坪2階建12室の寄宿舎を建設。総経費 1,107,O00 円。
1941年 昭和16年 4月 新入生から戦闘帽、カーキ色の制服となる。
4月 養秀寮に寮生 48 名が入寮。
1945年 昭和20年 3月25日 軍から鉄血勤皇隊第一中学校隊の編成及び召集令が伝達された。
3月27日 最後の卒業式 (5年生及び4年生) を養秀寮の庭で挙行。 養秀寮、砲撃を受けて炎上。
4月20日 本校校舎、砲撃を受けて炎上。
6月16日 藤野憲夫校長戦死。沖縄戦で職員生徒 2百余名戦死。
7月8日 文部大臣が県立第一中学校を表彰。
1946年 昭和21年 1月27日 施政権分離により沖縄県立第一中学校は廃校となった。
1946年 昭和21年 1月7日 糸満高等学校首里分校として発足し、首里赤田町三星クラブ跡に設営し開校する。
2月27日 校舎を三星クラブ跡から首里真和志町旧首里第二国民学校跡へ移転する。
3月31日 糸満高等学校分校から独立し、首里高等学校として発足する。
5月20日 知念高校大見武分校を合併する。
7月25日 第1回卒業生 ( 男11名・女31名 )
9月2日 糸満高等学校真和志分校を合併する。
9月25日 旧県立第一中学校跡に移転。
1947年 昭和22年 2月30日 第2回卒業生 (男84名・女61名)
10月1日 那覇市天妃町旧天妃国民学校跡に那覇分校が設置認可される。
1948年 昭和23年 2月 那覇分校が那覇高等学校として独立する。
4月1日 6・3・3 の学制改革が実施され、修学年限が3か年となる。
1949年 昭和24年 3月25日 胡屋朝賞氏を中心に一中同窓会慰霊塔建立打合会が行われた。
5月12日 「ー中健児之塔」建立資金の募金が開始された。
1950年 昭和25年 4月30日 一中健児之塔の除幕式及び慰霊祭が挙行された。
写真:一中校舎の残骸と首里高校職員/1950年(昭和25年)PTAの結成大会
写真:一中校舎の残骸と首里高校職員/1950年(昭和25年)PTAの結成大会
1952年 昭和27年 5月 一中校歌を継承し、首里高等学校校歌を制定。胡屋朝賞氏、当間重剛氏等にはかり、 校歌4番を改訂。
7月6日 養秀同窓会 (県立一中、首里高校) 設立総会が那覇劇場で開催され、 (l) 養秀同窓会会則の制定、 (2) 校舎復旧の促進、 (3) 同窓会記念図書館の建設、 (4) 同窓会会員名簿の作成、 (5) 一中と首里高校との連関として①一中の校章、校歌の継承、②「海邦養秀」の扇額の復元が決議された。
10月1日 定時制首里高等学校 (独立校) の開校式及び入学式 (入学者 118名) が挙行された。
1954年 昭和29年 6月18日 戦災校舎 (旧一中校舎) が復旧落成した。
7月15日 養秀同窓会員名簿を発行。
12月23日 戦災校舎復旧落成祝賀式典が挙行され、展覧会が開催された。
1956年 昭和31年 1月9日 首里高等学校校旗が樹立された。
1958年 昭和33年 4月1日 定時制首里高等学校を合併し、首里高等学校定時制課程とする
8月 第40回全国高校野球選手権大会 (甲子園) に初出場、仲宗根弘主将が選手宣誓。「日本の土」歌となる。
写真:第40回全国高校野球選手権大会に沖縄から初出場
写真:第40回全国高校野球選手権大会に沖縄から初出場
1959年 昭和34年 5月7日 養秀同窓会総会において社団法人養秀同窓会の設立を決議。
9月19日 「海邦養秀」の扇額を復元し、復元式を行う。
1960年 昭和35年 4月1日 那覇連合教育委員会立首里高等学校を廃し、琉球政府立首里高等学校となる。
7月16日 養秀同窓会総会において、創立80周年記念事業 (3年継続事業) として、新運動場の 建設、体育館 (講堂兼用) の建設、新図書館の設置充実、会員名簿・記念誌の発行が 決議された。
9月25日 社団法人養秀同窓会が発足 (行政主席認可) 。
12月9日 創立80周年記念式典。祝賀行事として、祝賀会、講演会、展示会、演劇会、運動会、 相撲大会のほか、琉球大学開学10周年、本校創立80周年を祝う首里教育祭の一環として、旗行列、花火大会、提灯行列が行われた。
写真1960年創立80周年記念大運動会
写真1960年創立80周年記念大運動会
1961年 昭和36年 3月1日 創立80周年記念誌「養秀」、養秀同窓会会員名簿を発行。
5月15日 創立80周年記念事業の新運動場用地として首里石嶺町2丁目255番、257番の 6,924 坪を購入 (19,733.40 ドル)。
写真:1961年神山光裕君、全国定時制弁論大会で優勝
写真:1961年神山光裕君、全国定時制弁論大会で優勝
写真:1962年金城健一君、初めて「文部大臣旗」が海を渡った
写真:1962年金城健一君、初めて「文部大臣旗」が海を渡った
1964年 昭和39年 3月10日 創立80周年記念事業の石嶺球場が完成した。
4月7日 石嶺球場開き親善試合 ( 此花商高 10-4 首里高 ) 。
9月 創立80周年記念事業の新図書館 (137.3 坪 ) が完成し、養秀図書館と命名された。
9月19日 創立80周年記念事業達成記念式典及び祝賀会が挙行された。
写真:1964年新校舎、中庭がロマンの森
写真:1964年新校舎、中庭がロマンの森
1967年 昭和42年 11月24日 養秀同窓会臨時総会において、創立90周年記念事業計画として、体育館兼講堂の建設、 記念誌・同窓会会員名簿の発行等が決議された。
1968年 昭和43年 12月6日 養秀同窓会評議委員会において、首里山川町農道拡張工事に伴う同窓会所有の土地(那覇市首里山川町1丁目105番、1丁目129 番の1)の一部を潰れ地として提供することを了承。
1969年 昭和44年 9月20日 創立90周年記念体育館 (養秀体育 ) 聞き (竣功奉告祭、テープカット、式典、祝賀競技) が行われた。
1970年 昭和45年 12月3日 創立90周年記念行事前夜祭
12月4日 祝賀行事 (演芸コンクール、仮装行列、若者の集い)
12月5日 創立90周年記念式典及び祝賀会 (於 養秀体育館)
記念誌「沖縄の教育風土記」、同窓会会員名簿を発行。
1971年 昭和46年 9月18日 養秀同窓会所有の土地 (首里山川町1丁目129番の1)748 坪について首里観光 ㈱と賃貸契約を締結。
写真:1970年代復帰前の政治の季節での討論集会
写真:1970年代復帰前の政治の季節での討論集会
1972年 昭和47年 5月15日 本土復帰にともない、琉球政府立首里高等学校から沖縄県立首里高等学校へ改称。
1973年 昭和48年 6月30日 養秀同窓会評議員会において、石嶺球場西側農道を城東小学校通学路 (市道) として整備する計画に協力し、同窓会所有の土地 33 坪を無償で拠出することが決議された。
8月3日 養秀同窓会総会において、昭和19年一中入学者を昭和17年入学者、昭和18年入学者同様に養秀同窓会推薦会員とすることが了承された。
9月1日 養秀同窓会所有の土地 (首里山川町1丁目105番ほか3 筆)1,575 坪について首里観光㈱と賃貸契約を締結。
1974年 昭和49年 1月9日 養秀同窓会評議員会において、首里観光㈱が同窓会所有の土地763坪について地上権を設定し、担保に供することを承認。
1975年 昭和50年 9月10日 養秀同窓会から煉瓦造の校門を母校へ寄贈。
9月13日 養秀同窓会総会において、創立百周年記念事業としてー中健児之塔敷地に同窓会館を建設することを決議。
10月16日 石嶺球場について県教育庁と賃貸契約を締結。
12月17日 石嶺球場隣接地 (首里石嶺町2丁目256番)25 坪を購入。
1976年 昭和51年 5月22日 養秀同窓会理事評議員合同会議において創立百周年記念事業として、 (1) 同窓会館及び 附帯施設の建設、 (2) 同窓会会員名簿及び記念誌の発行、 (3) 一中健児之塔の改修を行うことを決議し、期成会は、同窓会、P T A 、学校当局、趣旨に賛同するものをもって 組織し、昭和51年12月25日に発足させることを決定。
12月25日 創立百周年記念事業期成会設立総会
1979年 昭和54年 2月17日 養秀会館竣功
3月24日 養秀同窓会臨時総会において、県道29号線改良工事に関連して石嶺球場の一部を県に譲渡することについて了承決議。
6月23日 一中健児之塔移設除幕式、入魂法要、慰霊祭を挙行。
12月19日 弓道場、テニスコートが完成した。
1980年 昭和55年 2月26日 首里高等学校新校舎落成式並びに祝賀会が挙行された。
3月29日 首里高等学校定時制課程の閉課式典並びに祝賀会が挙行された (卒業生総数 2,540名)。
写真:1980年創立百年祭
写真:1980年創立百年祭
    4月1日 養秀会館資料室に養秀文庫を設置。
12月8日 創立百周年記念式典前夜祭 (提灯行列、花火大会)
12月9日 創立百周年奉告式 (一中健児之塔) 。創立百周年記念式典並びに祝賀会。記念誌「養秀百年」 、同窓会会員名簿の発行。関西養秀同窓会が母校へ養秀旗を寄贈。下地玄信氏 (大正2 卒) が養秀同窓会へ洋画 2 点を寄贈。
1984年 昭和59年 11月17日 養秀同窓会理事評議員合同会議において、市営住宅の建設に関連して石嶺球場の一部 を那覇市へ有償譲渡することを了承決議。
1989年 平成元年 10月11日 養秀同窓会総会において、創立百十周年記念事業として、 (1)「国学発祥・之地」碑の建立、 (2) ー中健児之塔の広場の整備、 (3) 国学・ー中・首里高関係の資料、記事の集成発 行、 (4)「自で、見る養秀百十年の歴史」の発行、 (5) 養秀同窓会会員名簿の発行、 (6) テニスコートの移設が決議された。
12月6日 創立百十周年記念行事として、 (1) 記念演奏会、 (2) 記念文化祭、 (3) 記念弁論大会、 (4) 記念植樹祭、(5)記念フォーラム、(6)祝賀前夜祭、(7)記念式典及び祝賀会を行うことが決議された。
1990年 平成2年 9月24日 平成記念演奏会を那覇市民会館において開催した。音楽界で活躍している同窓生と在校生の総勢200余人が参加した。
写真:1990年創立110年記念演奏会
写真:1990年創立110年記念演奏会
    10月7・8日 記念文化祭 (於 首里高等学校)
10月23日 記念弁論大会 (於 首里高等学校
写真:創立百十周年記念弁論大会
写真:創立百十周年記念弁論大会
    10月30日 記念植樹祭 (於 石嶺球場 ) 。
12月8日 記念フォーラム (於 首里高等学校) 、祝賀前夜祭 (提灯行列、花火大会)
12月9日 記念式典及び祝賀会(於 養秀体育館)
国学発祥之碑を校内に建立。
1991年 平成3年 6月8日 石嶺球場テニスコート贈呈式(養秀同窓会から2面贈呈)
1993年 平成6年 10月20日 「一中健児之塔」周辺整備事業完成竣工式。
1999年 平成11年 6月21日 高校生ワールドサミット(ワシントンDC)天願玲子日本代表で参加
11月27日 高校生英語スピーチ全国大会(ファミリー・ムーブメント推進委員会主催)一位 伊是名夏子
2000年 平成12年 12月9日 国学創立二百年、沖縄県立第一中学校、首里高等学校創立百二十周年記念式典及び祝賀会。
2001年 平成13年 2月7日 文部省指定「光フアイバー網による学校ネットワーク活用方法」研究報告会実施。
3月28日 全日本リコーダーコンテスト金管四重奏の部金賞受賞。
6月8日 第48回NHK杯全国高等学校放送コンテスト「ラジオドラマ部門最優秀賞」受賞
2002年 平成14年 6月23日 刻銘碑竣工序幕式。
12月15日 第一回養秀祭がホテル日航グランドキャッスルで開催。
2003年 平成15年 3月22日 同窓会第一回遺品・資料等調査委員会。
12月9日 創立記念講演会開催。講師:山之口泉氏 演題「父・山之口獏の思い出」、本校出身の宮良多鶴子さんコンサート。第2回養秀祭実施(同窓会主催)。
2004年 平成16年 7月30日 同窓会一中・首里高二世代交流会。
12月9日 創立記念講演会開催。講師:宮城弘岩氏(14期卒・株式会社沖縄物産企業連合社長) 演題「時間について」。第3回養秀祭実施(同窓会主催)。
2005年 平成17年 7月27日 第45回沖縄県合唱コンクール 合唱部20年連続金賞受賞。
12月8日 創立記念講演会開催。講師:尚弘子氏(5期卒) 演題「母校の後輩に望むこと」。
12月9日 第4回養秀祭実施、一中学徒隊資料展示室開所式。
2006年 平成18年 3月24日 一中第50期生 金城裕氏より明治42~43年当時の写真贈呈(大久保校長、糸洲安恒氏の写真であることがわかる)。
12月7日 創立記念講演会開催。講師:田場稔氏(16期卒) 演題「母校の後輩に望む」。
2007年 平成19年 10月9日 同窓会沖縄県立高等女学校(旧首里工芸学校)跡地の石碑建立地6.05㎡購入。
10月27日 首里「綾門大綱引き」(109年ぶりに復活)に生徒120名参加。
12月6日 創立記念講演会開催。講師:玉城信光氏(21期卒・那覇西クリニック理事長/県医師会副会長) 演題「首里高校を巣立つ後輩の皆様へ」。
2008年 平成20年 10月10日 第5回理事会において新同窓会会長に石川秀雄氏が決まる。
10月21日 PTAよりマイクロバス、ピックアップ車贈呈式及び安全祈願。
12月9日 創立記念講演会開催。講師:石川秀雄氏(7期卒・元県副知事) 演題「君たちが守り継ぐ母校の伝統と誇り」。
2009年 平成21年 1月15日 新春役員交流会(学校職員・PTA・養秀同窓会)。
3月1日 卒業式。養秀同窓会報第11号「海邦養秀(改題)」発行。
6月5日 首里高1年生、平和学習で「一中学徒展示室」を見学。
7月20日 養秀会館東側通路用地売買契約締結186.74㎡、6,810,848円。
11月3日 琉球王朝祭り首里・首里城祭に養秀旗頭参加。
12月9日 創立記念講演会開催。講師:又吉孝一氏(20期卒・元首里高校長) 演題「時代を担う人材になれ」。
2010年 平成22年 3月1日 卒業式。同窓会「震天動地」第1号創刊。
4月11日 創立百三十周年記念事業 沖縄セルラースタジアム那覇落成記念 首里高等学校・那覇高等学校 親善野球特別試合開催。
写真:創立百三十周年記念事業
写真:創立百三十周年記念事業 沖縄セルラースタジアム那覇落成記念 首里高・那覇高親善特別試合
    7月20日 一中学徒隊証言DVD制作開始。
9月11日 「創立百三十周年記念 首里フェス in 2010」開催。
12月9日 創立百三十周年記念式典・祝賀会開催。

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一般社団法人 養秀同窓会
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